こちらのブログは、本日をもって停止します。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
これまで、わたしは2つブログを書いていたのですが、
以下のブログに、ブログを統一します。
『木の花*コノハナ』
こちらのブログ↑は、日常生活全般で、ほぼ毎日更新です。
今後ともよろしくお願いします
。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
これまで、わたしは2つブログを書いていたのですが、
以下のブログに、ブログを統一します。
『木の花*コノハナ』
こちらのブログ↑は、日常生活全般で、ほぼ毎日更新です。
今後ともよろしくお願いします

。2011.08.29 / Top↑
なんでも、「じぶん、ひとりでやらなきゃ!!」と力んでいたことに気づかされる。
人にやさしくされて。
あまえてもいいのかも。
もっと、人の助けをうけとってもいいのかも。
そんな風に思ったとたん、じぶんの人間らしさにも気づく。
ときには、人に助けてもらったり、励ましをもらったり、
受け取ることも大切なんだな。
人間、ひとりでは生きていけないし、
なにかをしたいと思って、それが大きくなればなるほど、
みんなの協力がひつようなときもある。
そんな風に受けとっているじぶんのほうが、
本当の意味では、人に対してもやさしいきがする。
与えたり、受けとったり、なんでもないように自然にできたほうが、
おたがい心地よく、暖かく、いられる。
仲間っていいよな。
感謝。
ありがとう。
人にやさしくされて。
あまえてもいいのかも。
もっと、人の助けをうけとってもいいのかも。
そんな風に思ったとたん、じぶんの人間らしさにも気づく。
ときには、人に助けてもらったり、励ましをもらったり、
受け取ることも大切なんだな。
人間、ひとりでは生きていけないし、
なにかをしたいと思って、それが大きくなればなるほど、
みんなの協力がひつようなときもある。
そんな風に受けとっているじぶんのほうが、
本当の意味では、人に対してもやさしいきがする。
与えたり、受けとったり、なんでもないように自然にできたほうが、
おたがい心地よく、暖かく、いられる。
仲間っていいよな。
感謝。
ありがとう。
2011.08.19 / Top↑
いつも同じなんて、思っていたら、がっかりする。
昨日がこうだったから、三日後も同じだろうだなんて思っていたら、
蓋をあけて、失望する。
つい数週間前に新しく出会い、その魅力にひかれても、
今日はもうその光やエネルギーを失っているかもしれない。
そういうことだって、ありえる。
自分以外のなにか――場所でも、集団でも、個人でも、
変化すること、常に同じではないことに対して、広い心でいよう。
握りしめないで、
いつでもふんわり両手で包むくらいで、簡単に手放せるように。
自分から先に手放してしまったら、かえって思いもつかないものが、
ちゃんとやってくる。
流れがつぎつぎ変化していく。
自分を信じていれば、怖いものはない。
久しぶりに、サイキック・アタックかと思うほどの、強い粘着質な何かを感じて、
三日間くらい、脳の中を占領されそうになった。
その難解なこじれかたを一つずつほどくために、
クリーニングしたり、教えてもらった方法で浄化したり、いろんなことをしてみた。
エネルギーコードを切るイメージとか。
でも、最後の仕上げとして、大事なことに一つ気づいた。
それは、自分の期待を手放すということ。
私自身が、どこかで相手が変わることや、相手が理解することを期待している、
その期待を手放す必要性。
それが一番大きなトラップ、大きなロックになっているということ。
期待を手放した時、目の前のもやが消え、
わたしにとって本当に大事なことだけが、見えてくる。
シンプルに。
昨日がこうだったから、三日後も同じだろうだなんて思っていたら、
蓋をあけて、失望する。
つい数週間前に新しく出会い、その魅力にひかれても、
今日はもうその光やエネルギーを失っているかもしれない。
そういうことだって、ありえる。
自分以外のなにか――場所でも、集団でも、個人でも、
変化すること、常に同じではないことに対して、広い心でいよう。
握りしめないで、
いつでもふんわり両手で包むくらいで、簡単に手放せるように。
自分から先に手放してしまったら、かえって思いもつかないものが、
ちゃんとやってくる。
流れがつぎつぎ変化していく。
自分を信じていれば、怖いものはない。
久しぶりに、サイキック・アタックかと思うほどの、強い粘着質な何かを感じて、
三日間くらい、脳の中を占領されそうになった。
その難解なこじれかたを一つずつほどくために、
クリーニングしたり、教えてもらった方法で浄化したり、いろんなことをしてみた。
エネルギーコードを切るイメージとか。
でも、最後の仕上げとして、大事なことに一つ気づいた。
それは、自分の期待を手放すということ。
私自身が、どこかで相手が変わることや、相手が理解することを期待している、
その期待を手放す必要性。
それが一番大きなトラップ、大きなロックになっているということ。
期待を手放した時、目の前のもやが消え、
わたしにとって本当に大事なことだけが、見えてくる。
シンプルに。
2011.08.16 / Top↑

誰かがやってくれるわけではない。
もしわたしが変わりたいとしても。
誰かがやってくれるわけではない。
わたしが、何かをしたいとしても。
誰かが、なにかを云ってくれるのを待つのは、もうやめた。
誰かに「それでいいんだよ」と云ってもらおうと、方々へ歩き回るのも、意味はない。
やりたいなら、やればいい。
いやになったら、やめればいい。
ただ、それだけのこと。
自分がやるか、やらないか、ただそれだけのこと。
2011.08.15 / Top↑
羽海野チカ『3月のライオン』に、猛烈な勢いではまりこんでいる。
主人公の男の子、零くんにちょこっと感情移入。
そして、下町にすむ温かい三姉妹の空気に、癒される。
ストイックで、表面的には冷静でも、芯ではめちゃくちゃ熱い、将棋の世界もいい!。
この三つが、私のツボを刺激している。
零くんには、家族も友達もいなかったので、ずっと将棋だけで生きてきた。
それが少しずつ、三姉妹や、高校の先生や、将棋の世界の人たちと触れ合うことで、
人との温かい関係や交流にも、心をゆるしていく。
でも、繊細で、感受性が豊かで、まじめなのに、変に不器用で、孤独癖も残り続けている。
この漫画を読んでいると、
結局、わたしが歩んできた世界にも、重なり合うところが、ある。
学問?研究の世界も、表面はさておき、内実はものすごくストイックだし、
勝ち負けではないけど、成績や実績みたいなものは、シビアだ。
運と才能があれば、若くしてすぐ出世する人もいるけど、
大半の人は、職を得るまで苦労して、忍耐しつづけ、その間も修練を積み重ねる。
自分の才能や情熱をたのみに、若手はみな、がんばるものだ。
この漫画を読んでいて、気づいたのは、
わたしも、ずっと、やっぱり一人でやってきた心持があるってこと。
今でも、なんだかんだ、最終的にはそこへいってしまう。
これまでの私の道をふりかえれば、
研究者の卵的な人と恋愛したり、つきあったり、
同志と呼び合うような女友達がいたり、
いろいろな人間関係もあって、一見、さびしくなさそうでもあった。
でも、結局は、いつでも究極には「一人」の気持ちが強かった。
好きこのんで、そうなるわけでもないんだけど、結局はそうなってしまう。
勝負するのは、自分ひとりなんだよね。
ほんとにハードなとき、壁にぶつかっているとき、ひとりで乗り越えてきた気持ちがある。
今や、そのころの人間関係やらなにやらは、すっぴんかん、手放して、
まるはだかの、ただ研究だけに執心している学生に戻って、心地よいくらいだ。
ふしぎに、だれかが傍にいたときより、不安じゃないし、心も穏やかに落ち着いている。
なにがなくとも、作品と向き合う。
読んで、理解して、新たな発見に感動し、書く。
それだけ。
その作業の無限のくりかえし。
なにがなくとも、そうしている自分が、今は、心地よい。
「裸一貫、ふんどし一本の私!」みたいな(笑)。
『三月のライオン』でも、
私生活や実人生でいろんな紆余曲折あるけど、
棋士はみな、将棋の盤の上での自分に、賭けている。
なにがなくとも、満足のいく将棋が打ちたい。
そういう情熱やストイックさがある。
世間は、人並みの人生や生活みたいなものを、理想とするけれども、
そんなもの全部取っ払て、裸になっても、
好きなもの、やりたいことがあるって、かっこいいと思うのだ。
主人公の男の子、零くんにちょこっと感情移入。
そして、下町にすむ温かい三姉妹の空気に、癒される。
ストイックで、表面的には冷静でも、芯ではめちゃくちゃ熱い、将棋の世界もいい!。
この三つが、私のツボを刺激している。
零くんには、家族も友達もいなかったので、ずっと将棋だけで生きてきた。
それが少しずつ、三姉妹や、高校の先生や、将棋の世界の人たちと触れ合うことで、
人との温かい関係や交流にも、心をゆるしていく。
でも、繊細で、感受性が豊かで、まじめなのに、変に不器用で、孤独癖も残り続けている。
この漫画を読んでいると、
結局、わたしが歩んできた世界にも、重なり合うところが、ある。
学問?研究の世界も、表面はさておき、内実はものすごくストイックだし、
勝ち負けではないけど、成績や実績みたいなものは、シビアだ。
運と才能があれば、若くしてすぐ出世する人もいるけど、
大半の人は、職を得るまで苦労して、忍耐しつづけ、その間も修練を積み重ねる。
自分の才能や情熱をたのみに、若手はみな、がんばるものだ。
この漫画を読んでいて、気づいたのは、
わたしも、ずっと、やっぱり一人でやってきた心持があるってこと。
今でも、なんだかんだ、最終的にはそこへいってしまう。
これまでの私の道をふりかえれば、
研究者の卵的な人と恋愛したり、つきあったり、
同志と呼び合うような女友達がいたり、
いろいろな人間関係もあって、一見、さびしくなさそうでもあった。
でも、結局は、いつでも究極には「一人」の気持ちが強かった。
好きこのんで、そうなるわけでもないんだけど、結局はそうなってしまう。
勝負するのは、自分ひとりなんだよね。
ほんとにハードなとき、壁にぶつかっているとき、ひとりで乗り越えてきた気持ちがある。
今や、そのころの人間関係やらなにやらは、すっぴんかん、手放して、
まるはだかの、ただ研究だけに執心している学生に戻って、心地よいくらいだ。
ふしぎに、だれかが傍にいたときより、不安じゃないし、心も穏やかに落ち着いている。
なにがなくとも、作品と向き合う。
読んで、理解して、新たな発見に感動し、書く。
それだけ。
その作業の無限のくりかえし。
なにがなくとも、そうしている自分が、今は、心地よい。
「裸一貫、ふんどし一本の私!」みたいな(笑)。
『三月のライオン』でも、
私生活や実人生でいろんな紆余曲折あるけど、
棋士はみな、将棋の盤の上での自分に、賭けている。
なにがなくとも、満足のいく将棋が打ちたい。
そういう情熱やストイックさがある。
世間は、人並みの人生や生活みたいなものを、理想とするけれども、
そんなもの全部取っ払て、裸になっても、
好きなもの、やりたいことがあるって、かっこいいと思うのだ。
2011.08.05 / Top↑




